暖かくなってきました。県内でも、桜の開花のたよりがありました。外で陽光を浴びるのは気持ちのよいものです。外で行う作務も、冬の雪かき作務から草取り作務、花壇づくり作務、山掃除作務へと変わってきました。昨日は樹木の冬囲いを外したり、花壇の畝を整えたり、外でたっぷりと汗をかきました。
禅修行にとって、作務(労働)の重要性はことのほか特筆されます。座禅や読経と同じくらい作務は修行そのものであると言えます。
作務に関しては、百丈懐海和尚(ひゃくじょうえかいおしょう)に有名な逸話があります。
百丈禅師は中国唐代の禅僧で、作務を修行の一環として重視しました。今に至る禅門の伝統をつくるきっかけとなったのが有名な「一日不作、一日不食」(一日なさざれば、一日食らわず)という言葉です。
百丈禅師は老齢になっても鍬や鎌を手にして畑の作務を率先して行っていました。弟子たちは師の高齢の身体を心配して、作務を休むようにお願いするのですが、百丈はいっこうにやめようとしません。そこで弟子たちは師の鎌や鍬などの道具を隠してしまいます。百丈は仕方なく居室に戻られたが、この日から食事に手を付けようとはされなかった。弟子たちが心配して訊ねたところ、「一日不作、一日不食」とこたえられた。
この語の本質的な意味するところは、「働かざる者、食うべからず」ではありません。作務は修行としての仏法の行為であるから、その行いができないことは命をいただいて「食べる」という行為をすることに値しないということです。
まことに厳しい教えです。
写真は、本堂前の路地に咲き始めた水芭蕉の様子です。
山内不在中にレターパックの配達があって、不在票が郵便受けにありました。差出人には心当たりがなく、しかも遠地の方でした。少し不審に思いましたが(失礼!)、改めて配達を受けました。すると、品名に「ろうそく」とありピンときました。
このHPでろうそくの寄付をお願いしておりましたので、きっとHPを見た方が御奇特にも送っていただいたのだろうと察しました。開封するとその通りでした。大小さまざまな種類のろうそくがはいっており、「4月の(地蔵講の)お祭りに使ってください。」とありました、
びっくりするやら、うれしいやら。私の知らないところでこのHPを見ていてくださる方がいて、こちらのお願いに行動で応えてくださる。まさに仏縁と言えるでしょう。送っていただいたMさん、ありがとうございました。
写真は、大門の地蔵様。新しい赤い頭巾と前掛けをお召しです。これも心ある方からのご寄進です。地蔵様もうれしそうです。
関東甲信地方の大雪が大変です。電車や車内への缶詰状態のニュースや孤立集落の様子、建物や農作物被害の大きさが伝わってくると、災害の恐ろしさを改めて感じます。雪には慣れているはずの私たち新潟県人でも、このたびのような降り方であったら、やはり何らかの被害を受けていることでしょう。一刻も早い救助救援がなされますように願っています。
実は私と家内も大雪の影響を受けたのでして・・・。ちょうど関東へ車で出かけていまして、降り始めた14日の遅くに帰山する予定でしたが、高速道の通行止めと一般道の大渋滞に巻き込まれて、結局三日間も予定外の足止めを食ってしまいました。幸い、ホテルに宿泊することができました。寺の用事の変更をお願いして、高速道の規制解除を待って過ごしました。良寛和尚の「・・・死ぬるときは死ぬがよかろう」の状況に似ていましたが、いつ帰れるかばかり気になって、そこまで腹はくくれませんでした。
さて、待っている間、電車は動いていたので都内に出かけました。
山手線でのことです。私が座席に座っていたら、次の駅で小さな子供さんを抱いた妊婦さんが乗ってこられました。私は扉の近くに座っていましたので、すぐ立って妊婦ママさんに席を譲りました。ありがとうございますと頭を下げてにこやかに座ってくださいました。すると、私よりも数人も離れた席に座っていた青年がすっと立ち上がって私に「どうぞ座ってください」と席を空けたのです。私は二度ばかり遠慮しましたが、彼の好意を受けることにしました。「どうもありがとう」「いえ、どうせ僕たちすぐ降りますから」。上野で青年は降りる様子でした。駅に着き扉に向かう彼らに、私は思い切って「おにいさん、ありがとう。」と大きな声をかけました。彼らはにっこりとほほ笑んでくれました。その時です。彼が友人にこう言ったのです。「おれ、今日、何かいいことあるかな。」と。私はとっても嬉しくなりました。
後で家内から、「彼は自分も妊婦さんに譲りたかったみたい。あなたが立ったのを見て、『おれがあの人に譲ろう』と言って席を立ったのよ。」と聞かされました。彼の気持ちも伝わってきて、いっそう幸せな気分になりました。
(写真は、「方丈の地蔵様コレクション」の新たな仲間です。)
余寒厳しき折、いかがお過ごしでしょうか。
「TV見ましたよ。」と声かけてくださる方が大勢います。宣伝の効果でしょうか。ちょっと短すぎましたよね。撮影では私もたくさんしゃべっていたのですが、「えっ、それだけ」という感じでした。大門の大地蔵様の頭巾色あせて古くなっていたり、六地蔵様の幕が切れていたり、家内はかなり気になった様子でした。まあ、光照寺の存在を広く知らしめていただけてありがたかったです。
当地方は、今年は例年になく雪が少なく、2月というのに地が出ています。(もっとも、今朝に少し降雪がありうっすらと白くなっていますが・・・)
先日、四十九日法要の後に納骨をしました。二月のこの時期に納骨ができるなんて、例年では考えられないことです。
納骨後のおときの席のことです。お母様を見送った娘さん(もうおかあさんなのですが)が、挨拶は苦手だからと手紙をしたため、ご自分の娘さんに代読してもらいました。その中で、お母様の介護で難儀されたことや、介護を通じて感じ取られたこと、学ばれたことなどが「感謝を込めて」というキーワードで書いてありました。
そして、手紙の最後は「本日供えましたスイトピーの花言葉は『門出』『優しい思い出』です。優しかった母をいよいよ送る日に手向けます。お母さん、ありがとう。」と結ばれていました。
四十九日、納骨の節目の日を、ご自分なりの区切りをつけられ、母を花言葉で送り出す娘の心情にいたく心を動かされました。
写真は、本尊様に供えられたスイトピーの供花。
坊さんの呼び方というのは、一般の方にははなかなか難しいようです。
私ども曹洞宗では、住職のことを「方丈(ほうじょう)」と言います。一丈四方の部屋が住職の居間であることから方丈の間の和尚、略して方丈と呼ぶようになったのです。ですから、「方丈様」とか「方丈さん」と呼んでいただいてよろしいのです。というより、そう呼んでいただけるとうれしいです。
ところが、お若い方やお寺にあまり縁のない方は、この名をご存じないようで、「お寺様」とか「ご住職」とかおっしゃいます。確かにその通りなのですが、多くの方に覚えていただきたいと思っています。
(「方丈!」と呼び捨てにされる方もたまにおられます。ちょっとどうかなという気分にはなりますが・・・)
ご門徒の方は、「ご院住さま」と呼んでおられるようですね。
当山によくおいでになる業者さんで、仏具屋Hの社長さんは、「方丈様」と呼んでくださいます。仏壇屋Fの営業の方は「ご住職」言われます。「ご住職」はどの宗旨のお寺さんでも通用するからなのでしょうね。でも・・・。
ちなみに、当山には先代の住職もおりますが、「東堂(とうどう)様」とか「東堂さん」と呼んでいただきたいです。
(写真は、開山堂の天井絵の雲竜図です。けっこう迫力ありますよ。)